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境界があいまい。

日記

 都内は地下と地上の境があいまいだ。上野駅を出て横断歩道を渡り、吹き抜けになっている建物のエスカレーターを昇ってお店に入った。夕食を済ませた後、さらにエスカレーターを昇ると上野公園に抜けることができて驚いた。ここには何度も訪れているはずなのに、未だに造りがよく分かっていなかったのだ。

 少し歩くとツツジがあちこちに咲き乱れていて、初めてこの花の存在の多さに気が付く。日本の植え込みの9割はこの花が占めているに違いない。冬になったらツツジのことなんて誰もが忘れてしまうのだろうなあ、などと考えていると、本を読みながらサクサク歩いている人とすれ違った。足取りに一切の迷いが無かったので、おそらく彼の身体が人と衝突しない道を記憶しているのだろう。頼りになるナビは自分の身体感覚だなんて、なんだか少し格好良い。それにしてもウォーキングしながらの読書はすごくはかどりそうだと思った。

 噴水の前では、自転車で飛び上がる練習をしている人がいた。軽やかに走り回る、小さな未来のアスリートがいた。その近くで、オタ芸の練習をしている人たちがいた。色とりどりのサイリウムの光が、滑らかな曲線を描いては速やかに闇に溶けていった。各々が自分たちの世界に没頭していた、静かな空間だった。

 私たちはベンチに座りながらしばらくSNSや音楽の話をした。バブルが崩壊し、ゆとり教育にすっぽり浸かりきったのちに、教育方針の失敗が大々的に取りざたされた自分たちの世代は、大抵の人が安定を求めて生き急いでいるかのように感じた。もしかすると、平均初婚年齢も早まるかもしれないなあ、というしょうもない予感を、ひしひしと肌で感じている。

 

 

 

涙と言えば

雑記

 部屋の掃除をする。

 

■ピアノ教室のプログラムを見つける。

 小学5年生のころ、レースとお花がふんだんにあしらわれた淡い黄色のドレスを纏って、白い靴を履いてNazarethのbatuqueを猛スピードで弾いた。ひとつ年上のSちゃんに勝ちたくて勝ちたくてしょうがなかったが、彼女がその後に弾いたSchumannの飛翔を聴いて、どうしても届いていないことが解ってしまい、一人でお手洗いに籠ってドレスを涙でぐしゃぐしゃにした。

 のちにピアノサークルに入って上手な人たちの演奏をたくさん聞くことになったけれど、私にとっての憧れのピアニストと言えばやっぱりSちゃんだし、今でもSchumannを弾くのはほんの少し抵抗がある。

 

■壁に掛けられた油絵の埃を払う。

 それは高校3年生のときN君が私のために描いてくれた絵なのだけれど、色彩が暗いねと笑ってしまったし、絵のタイトルを見て「ああ、そんなふうに思われていたんだ」なんて考え込んでしまった。「卒業したらピアノや読書が忙しいとか言って、会ってくれなさそう」と言われたけれど、実際に毎日忙しく稼働しているのは希望の進路を歩んで軌道に乗った君の方なので、なんとなく今の私では会うことができないし、油絵の裏に書かれたメッセージを読んで、高校生のころずっとN君に勝ちたがっていたことを思いだした。

 

■鏡を磨く。

 自分の顔を眺めながら、そういえば最近、鼻がますます尖ってきたなあ、と思い体重計に乗ると、今月に入ってから体重が3.5キロ落ちていることが判明した。日ごろ自分の体重にはあまり興味が無く、見た目に甘さが出ていなければそれで良いと思っているので、私の代わりに体調を管理してくれる人がいてくれれば便利だな、と思った。鏡に映る自分を見て、私はこの先も「自分に勝つ」という感覚を持たないまま生きていくのだと悟った。自分に勝つという文言は聞こえは良いものの、終着点が単なる自己満足に向かいかねないので、危険。

 

 

 

 

 

 

皮膚

雑記

 悲しいことがあった。でも、泣かなかった。泣くのは卑怯な行為だと教えられていたし、私はコレットの『シェリ』のような、頬の火照りが透けた桃色の涙を流すことは永遠にできないからだ。涙を流す代わりに、食紅を買って青い色水を作り(小学生以来だ!)窓際の一輪挿しに注ぐ。来る日も来る日も悲しさは押し寄せてばかりなので、ミルクを飲むように、小鳥の名前を覚えるように、毎日、色水を作っては与え、作っては与えを繰り返していた。カーテンを開けると、窓からレース越しに無数の光の粒が燦めきながら散乱して、一斉に花に注がれる。そうして従順に薄青を吸い上げたトルコキキョウは、たった数日間で静脈が浮きだつようになり、私よりよっぽど人間味を帯びた顔をしていたので、なんだか気味が悪くなって、屑籠に放ってしまった。

 

 

 

 

2016/03/30

日記

 昔から、何故か男の子とばかりケンカをする。女の子とケンカをしたことはほとんど無い。大学生のころ、例によって男の子と悪意をお互いひた隠しにした、冷戦のような言葉の応酬をした際に「思考を止めてはいけません」という言葉をもらった。それに対して私は「至言、どうもありがとう」という、とんでもなく程度の低い嫌味で返してしまったのだが、今でも彼の言葉を思い出しては心に刺さる。

 ケンカの際に浴びせられた言葉を集めて綴ったノートが一つくらい存在しても良いはずだ。むしろどうして今まで作らなかったのだろう。そこにはきっと私に足りないことがたくさん書かれていて、私はそれを過ぎ去った過去のように扱い、ずっとずっと宝物にする。

 

 久しぶりに会った友人が、質問をしたときに嬉しそうな顔で「なんでだと思う?」と答えてくれるのがすごく良かった。話しながら、「どうして、って尋ねてばかりだね」と頭の中に浮かんだけれど、私は訊くのをやめなかった。知識を取り入れることもまあそうだけれど、相手が嬉しそうな顔をして教えてくれるのが、自分の無知や思慮の浅さを突き付けられる恥ずかしさにずっとずっと優るからだ。

 

 夏の日は虹色に乱反射する光と風を部屋に取り入れたくて、冬の日はにじむ光と突き刺す冷気を部屋に取り入れたくて、室温をあまり気にせず窓を開ける。そして今春、私は風邪をひいた。いつも人に声を指摘されてから自分が風邪をひいていることに気が付く。

 

 

 

星を飲む

日記

 悔い改めるべきことはきっと山ほどあるので、悔恨についての話はどうみても必要だった。ヘルマン・ヘッセの『少年の日の思い出』がまぎれもなく素晴らしい作品なのは、悔恨についての話であるからだ。悔恨についての物語は、いずれは誰かが海辺で拾い上げてくれる、手紙を入れたガラス瓶のようなものに思える。

 クリスマスプレゼントに『少年の日の思い出』の原文、『Jugendgedenken』をもらった。これはドイツでは出回っておらず、手に入れられるのはすべてこれの初稿である『Das Nachtpfauenauge』(クジャクヤママユ)のほうである。つまるところ、これは貴重文献であり、世界中を探してくれたとのことだった。すごいプレゼントを、どうもありがとう。手製で綴じられたこの作品は時間をかけてゆっくり訳そうと思う。著作の中には確実に筆者が存在しているのだから。

 作中で主人公は盗みを働いてしまったことよりも、美しく珍しい蛾を修復不可なまでに壊してしまったことが何よりつらかったとはっきり述べている。私も何か、悔いなければいけないようなことがあるような気がしたけれど、それが何かはよくわからなかった。自分が犯した罪を悔やむことに、郷愁を覚えているだけかもしれない。悔恨という考えそのものが、ただ気持ちよかっただけかもしれない。これまで生きてきた人生に満足しているけれど、その他方では自分の人生に対して悔やみたいような気もする。

 クリスマスの街にはたくさんの人がいた。幸せそうな人がたくさんいたけれど、彼らと私の間には何の共通点も無かった。たとえ彼らの世界の中で生きてきたところで、お互い相手とは縁もゆかりも無かった。外は灯りに包まれていた。冬の日は夜空に白いミルクのような月が浮かび、別の角度の空にはなじみの深い星がみえるため、つい空ばかり眺めてしまうが、やはり地上を見なければいけなかったのだった、地上を。あんなにたくさんの星を持つ空にとって、ひとつやふたつ星が落ちたからってどうということはないだろうし、人生はいつだって私たちに頭を下げることを義務づけているのだから。

 

 

 

 

 

2015/12/06

日記

 夢を見せることができる人は、稀有な存在であり、よく愛される。他人に上手に目隠しをしてやること、それを実行に移す勇気を持つことは、クリアに世界を見つめることが正しいと教え込まれた私たち人間にとって非常に難しい。しかし、何もかもをその純粋な瞳で見届けることが正義だと信じてやまなかった彼ら、彼女たちは、疲れ切った瞳を覆われる行為により、どれだけ安らいで、救われたことか、少しだけ想像してみてほしい。

 私達は人生においてたくさん嘘をついてきたし、そのすべてを互いに認め合ってきた。なぜならそれらの嘘が、私たちの希望的な想像の中では、あまりにも真実だったから。

 

 イルミネーションを見に行った。大切なことはクリスマスツリーが輝いていることであり、シャンデリアが豪華に煌めいていることであり、その土地に行ったという事実や、冷たく暗い夜空の下、橙色の小さな光を宿した電球たちという無数の現実ではなかった。

 

 人生はいつも私たちを現実に呼び戻す。日常はときどき隙間を許してくれるけれど、それはまたすぐに閉じてしまう。

 隙間が私に向かって開かれるときはよく、しなかったことについて考える。後悔とはきっと別問題で、これは難しいけれどしなくてはならない決算だと思っている。そういう風にして書かれなかった物語の断片がたくさん生じ、それを書かないために私は何年もの歳月を要している。

 

 

 

 

 

過剰すぎる過剰

日記

 木曜の昼下がりに高い場所、具体的には21階で、血液を採取された。白衣を纏う看護師の清潔な爪先に、ひっかき傷のような愛しい形の月を重ねた。古代の人々は月の青白さを血の欠乏のせいと考えていたため、月をすっかり真似てみようというのなら一滴残らず徹底的に血を抜いてしまわねばならないだろう。

 血液は透明のケースにトクトク流れ込み、沈黙を押し通す月とは程遠い。血液が循環している。この事実を把握するのに1628年も待たなければならなかった(血液の運動を発見したのは、本当はウィリアム・ハーベーより『逍遥学派の諸問題』を記したアンドレア・チェザルピーノのほうが先かもしれない)。白い床、白い壁、白いカーテンに囲まれた空間で、冷たい掌が頬を撫でるとじんわり熱が伝わり、顔がやや赤らんでいることが分かった。感情が昂るときに頬を赤く染め上げるものの正体は循環する血の赤色だけではない。月が憂鬱で冷たい光線を浴びせて額に浮かび上がらせる青白さのせいもあるのだ。

 

 金曜は3人の天使と遭遇した。さしあたり何があった訳でも無いが、夕暮れ時に2人の天使に声をかけられた。電車の中で力なく佇んでいると、無言で席を譲ってくれた彼も天使にカウントした。苦しみや悲しみを意識していなくとも、そして彼らが純白の翼を生やしていなくとも、慰めは実感された。

 帰り道、何かを身体に取り込みたくて食料を一通り眺めるもどれも欲しているものと違っている気がして、飲料の方を端から丁寧に眺めるも、やはりどれも違っていた。その日の明け方に、私には何もかもを人ごとに捉えすぎる傾向があることを指摘された。

 

 土曜の夜はパーティに行った。カフェで友達と迎えを待っていると通話している男性が横切り「OKでございます」などと怪しい日本語を使っていたものだから一緒に大爆笑してしまった。会場に到着するとなんとOKでございますの彼と遭遇したので友達とひそひそ声で大謝罪をした。相手にはおそらくなにも伝わっていない。白内障の犬を撫でたら「犬が好きなの」と訊かれたので「嫌いだよ。3匹飼っているの。3匹とも彼氏。仕事できなそうな彼氏、ていうかみんなヒモ。なんてったってチワワだからね」と答えた。ピアノは置かれていなかった。それからアメリカ人による日本語を話すスウェーデン人の真似が始まって、韓国語のコールを教わり、椅子取りゲームをして、こっそり抜け出し、タクシーを呼んで、両ほほに可愛い2人の友人からキスをもらって、とことんパーティが苦手なことを実感しながら帰った。あの場所で考えていたのは、この時代が私たちに与える過剰が、どんなに過剰かということだった。