1914/08/14 ヘッセ、日記の覚え書き

 「晴れ。暑い。変わり映えのしない日々だ。ここ数日「ブント」氏は必死に中立を守ろうとしているにもかかわらず、かなり親ドイツ的な印象を与える。それはフランス側の報道が芝居じみた大風呂敷を広げているからだ。私はこの十年間でフランスは再生を果たしたと固く信じている。しかし残念ながら報道や告示などは今なお全く旧来の扇情的なサーカス調だ。大風呂敷を広げるにも、沈黙するにも、同じように品がない。」/ 『ヘルマン・ヘッセ エッセイ全集〈1〉』(臨川書店、2009年)

 

 幼稚園に通っていたころ、グラスに注がれた一杯のミルクを飲んでポンキッキーズを見てから送迎バスに乗るのが習慣になっていた。なんとなく人工芝の上に寝そべって、とりあえずそこに置いてあった箱から、園長がまめに補充している用紙を使いたい放題使ってどうしようもないほど大量の紙飛行機を作り、太陽がジリジリ照りつけるような暑い日になると、よくわからないまま先生の指示に従って、いそいそと水着に着替えてプールに入れられていた。そういった毎日を特に単調だと感じていなかったのは、身の周りの現象全てが、私の真っ黒でぎょろりとした瞳では捉えきれないほど大げさで不思議に映っていたからだ。

 当時、私はゆり組に所属していたけれど、本当はすみれ組に憧れていたので(というのも、クラスカラーの紫を神秘的に感じていたのと、花の姿が思い浮かばなくて謎めいていた存在だったからだ。)クラス分けを不公平だと感じていた。ただ不公平はどこにでも付きもので、クラスの交友関係から、子供の世界は、さまざまな不公平が、崩れやすい積み木のように微妙なバランスで組み合わさることによって成り立つものだと漠然と捉えていた。ずいぶん小賢しい子供だったと思う。

 あの頃から約二十年経ったが、今でも優良な牛の育て方やテレビ番組の制作の流れはよく分かっていない。つまり身の周りのことについて十分に知り得てはいないけれど、知っていることに関しては、抱えているありったけの言葉を使って多くの人に伝えられたら素敵だと思っている。ただ、くれぐれも感情を押しつけるような形にはならないよう、自制心を身につける必要性について、ここ数年ほど、思いを巡らせている。