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美登里の一輪挿し

雑記

 きみに、下町の路地のことを話せたらと思っていた。妙に入り組んだ細い小道と、青い空、そこを足早に流れるむら雲と、アスファルトの上をせわしなく動き回るせっかちな住民。3月18日の良く晴れた午後、私たちはそこを散策した。道端には芸をする年老いた犬のおまわりさんがいて、ベーゴマ体験を勧める三人の無邪気なお爺さんがいて、彼らが一方的に早口でまくし立てる様子は、私にとって世界で何より自然な光景だった。

 母親は下町で生まれ育った、三代以上続く生粋の江戸っ子なのだが、本人はそのキャラクターを頑なに封印し、私が幼稚園に上がると同時に、家族を率いて郊外へ引っ越した。しかし私は何度も彼らの独特なコミュニケーションを求め、学校の長期休みに入る度に遊びに行き、親戚一同のアクの強い東京弁に耳を傾けていた。ゆるやかな坂道を歩きながら、そんなことを君に夢中で話していた。見てごらん、あまりにも田舎くさくて、東京色の強いところ、私の幼少期を過ごした場所は、いかにもこんな風だった。何年も何年も前のことだった。私はこんな場所が気に入っていた。両脇には個人商店がずらりと並んでいて、住民らは誰のことも傷つけない、巧みな悪態、すなわち粋な台詞を矢継ぎ早にまくし立てているのだが、彼らの話はいずれも、一人の恋人への優しさに満ち溢れていた。そんな江戸っ子たちのおしゃべりに耳を傾けるのは、ある格子門の前にそっと置かれた水仙の造花を拾い上げて、するりと樋口一葉の小説の中に入るようなものだった。それが人生の扉だった。この場所の散策は、私を織り成すものの、いかにも一つの作りごとの読解であるように思えた。

 

 

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